奈良東大寺のお水取りについて

「修二会」について東大寺公式サイトの情報を元に主としてネット上の各所で集めた情報を加えて自分なりにまとめてみました。出典については公式サイト以外は個人サイト、ブログなど多岐に亘るため個別に記載することは省略しました。情報については正確を期す様努めましたが、一部情報源により記載内容が異なる部分や、筆者自身の理解の不十分な部分もあります。情報を利用される際には、ご自身で更に確認をされますようお願い致します。(2013.3.15 初版)

お水取り

「お水取り」は若狭から地下を通って奈良に送られた聖なる水お香水(こうずい)を井戸から汲み上げてお堂の中に運び仏様に供える行事です。3月12日の深夜、正確には13日の午前1時過ぎに行われます。

この行事は3月1日から15日まで行われる「修二会(しゅにえ)」という仏事(正式名称は後述する様に「十一面悔過」)の一部なのですが、修二会全体を「お水取り」と呼ぶことが多い様です。元々は旧暦の2月1日から15日まで行われたため「修二会」という名前で呼ばれ、その行に使う建物が「二月堂」です。今年で1262回目の修二会、その間に何度か戦争や火災があっても一度も途絶えるこなく行われてきたそうです。

参考: 東大寺公式サイト「修二会について」 

練行衆

修二会に参加する僧侶を「練行衆(れんぎょうしゅう)」と呼びます。東大寺及びその末寺にあたる寺院の僧侶から選ばれます。その人数は現在は11人と決まっており、全員が半月間の行に通して参加しますが、過去にはもっと多かったり途中で交代した事もあったという記録が残っています。練行衆は本行の期間中二月堂の参籠宿所(さんろうしゅくしょ)に籠り、外界とは一切の接触を断ちます。

11人の練行衆は、「四職」とよばれる役付の4名と、それ以外の平衆とよばれる7名からなります。四職と平衆は着用する衣の色も異なります。また11名それぞれに役割と序列が定められています。初めて練行衆に加わる者を「新入」とよび、2回目以降の者とは異なる勤めも課されます。

別火

本行に先立ち、身を清め精神統一する為に練行衆は2月20日から「別火(べっか)」と呼ばれる前行に入っています。別火とは文字通り俗世間とは火を別つ、ということで別火坊の中で火打ち石を使って起こした火だけを使って生活します。

別火の前半は「試別火(ころべっか)」とよばれ境内の諸堂を参拝したり、参籠しない同僚の僧に暇乞いをしたり、参籠中に必要な物を取りに自坊に一時戻るなど最小限の外出は許されます。26日からの「総別火」になると、更に厳しくなりそうしたことも許されません。別火坊には大仏殿の西側にある戒壇院の庫裏を使用しています。新入の僧は15日から別火入りします。2013年は新入の僧が1名おります。

別火坊では身を清める儀式を行うだけでなく、本行で使用する造花や紙衣などの準備をしたり、声明(しょうみょう)やほら貝の稽古をします。

修二会の本行

修二会の正式名称は「十一面悔過(じゅういちめんけか)」です。

十一面悔過とは、われわれが日常に犯しているさまざまな過ちを、十一面観音に懺悔(さんげ)するという意味です。二月堂には大小2体の十一面観音があります。どちらも秘仏で厨子に納められており、練行衆の僧侶といえども直接観ることは出来ません。本行の初めは大観音を本尊とし、7日の夜に小観音に交代します。

行は前半7日、後半7日そして15日の満行とに分けられます。前半の7日と後半の7日とは多くの行法が繰り返されます。昔は前半と後半で練行衆が交代した時代もあったそうです。

六時の作法

行の期間中は毎日正午に食堂(じきどう)で祈りの作法を行って食事をとります。そのあと「六時の作法」という6回の行法を行います。終わるのは深夜、日によっては翌朝の4時頃になりますが、その間練行衆は一切食事をせず水飲むことも許されません。

六時とは日中から明方にかけての時間を6つに分けたもので、日中、日没(もつ)、初夜、半夜、後夜、晨朝(じんじょう)と呼ばれます。昼の食堂作法の後、二月堂向かって左手の屋根のある階段を上って上堂します。日中と日没の作法を勤め下堂したあとは、宿所で入浴休憩し夜の作法に備えます。

練行衆の末席の「処世界」を勤める僧は、他の僧に先立って上堂して堂内の掃除などをします。そのためほとんど休憩の時間が無いそうです。2013年の処世界は初参籠の平岡慎紹師です。父親は四職の1つ大導師という役を勤める平岡昇修師で、父子そろっての参籠となります。

お松明

お水取りのある12日と最終日14日以外は午後7時に、先に上堂している処世界をのぞく10名が鐘の音を合図に上堂します。その際、練行衆の一人一人に松明(たいまつ)を持った童子が付きます。そのため10本の松明が階段を上がることになります。舞台の上で童子が松明を大きく振りかざし床に押しつけて火勢を弱めます。この動作が勇壮であるため、修二会の主要な行事であると勘違いする方もいるそうですが、お松明はあくまでも練行衆を堂内に導く道灯りであり、お堂の上での童子の所作は火を消すために行う物なのです。まおその際に火の粉が飛んで火災にならないよう、火の粉を消す役が配置されています。

12日は11人全員が19時半に他の日より一回り大きい籠松明で導かれ上堂します。14日は18時半に処世界をのぞく10名が松明の明かりに導かれ上堂します。この日に限りいつもより短い間隔で上がるため、僧の尻を次の松明が追っているように見えることから、「しりつけ松明」と呼ばれます。

上七日と下七日

前述のように14日間、六時の行法といって毎日昼から深夜までの間に6回の法要(六時の法要)が行われます。それぞれの法要で行われる作法の内容は一日ごとに少しずつ異なりますが、いくつかの作法は5日と12日というように7日間隔で繰り返します。これは行が上七日と下七日に分けられており、おおよそ同じ行を繰り返す構成になっていることによります。過去には上七日と下七日で練行衆が交代したこともあるそうです。

悔過法要

修二会の中心となる作法が「悔過(けか)法要」で、二月堂本尊の十一面観音菩薩に罪を懺悔する儀式です。六時の法要それぞれで内容が異なり、平衆が交代で導師をつとめます。この導師を時導師とよび、その声に唱和して唱句を全員で唱えます。初めて練行衆として参加する「新入」であっても3月3日の初夜時の導師を(普通は一回だけ)勤めることになっています。新入はあらかじめ節回しの稽古を行い、2月12日に参籠経験者の前でそれを試す新入称揚習礼(しんにゅうしょうようしゅうらい)が行われます。その席で古練(これん:練行衆として修二会参籠の回数を重ねた者) から、声明の節や所作について誤っているところを正されます。このようにして修二会の作法が代々引き継がれていきます。

密教、神道および呪術

六時の法要は基本的に仏教の法要ですから、教典や唱句の詠唱や仏前での礼拝が中心。しかし密教関連の呪術的なものや神名帳の朗読など神道関連の作法もあります。また、練行衆が松明を持って堂内を巡る達陀の行法(だったんのぎょうほう)や堂内の須弥壇の周りを回りながら五体板という板に体を打ち着ける五体投地を行う「走り」という行法などダイナミックなものもあります。

達陀と拝火教

達陀の行法については火を扱うことから、拝火教(ゾロアスター教)との関連性を指摘する意見もありますが、明確な繋がりを示す証拠はないようです。むしろ「那智の火祭り」や吉野山などで行われる修験者の「火渡り行事」などの要素を取り入れたものと考えるのが自然ではないでしょうか。(これらの火祭りも拝火教との繋がりは否定できませんが。)

若狭井とお香水

この行事があまりにも有名な為、半月間の修二会全体のことを「お水取り」と呼ぶ方も多いようですが、正しくは12日の深夜(13日未明)に行われる行事です。12日の「後夜」の「時」の途中、13日午前1時30分頃、童子の持つ松明に先導されて咒師が先頭となり5人の練行衆が続き、石段を下りて閼伽井屋(あかいや)という井戸のある建物に至ります。若狭井から水を汲む作法は秘儀とされ、閼伽井屋の中は関係者以外、立ち入ることはもちろん、中で行われる行法の様子を伺うことすら出来ません。それでも近くで参観する者には水の音がかすかに聞きとれる、とのことです。

咒師、堂童子等が中に入り水を汲みます。この水を「お香水(こうずい)」と呼びます。これを二荷ずつ天秤棒に括り付け、閼伽井屋と二月堂の間を三往復して内陣に納められます。香水搬入のときは周囲の明りが消されます。暗闇の中、進行の要所で警護の練行衆が吹き鳴らす法螺貝の音が冷えた空気の中響き渡ります。

「お水取り」の儀式が終わると、練行衆等は再び行列を組んで二月堂へ戻り、後夜の「時」の続きが再開されます。この夜の行法がすべて終わり練行衆が下堂するのは午前4時半頃になります。

お水送りのこと

この「お水取り」に使う井戸が若狭井と呼ばれるのは、若狭(福井県)から送り込まれた霊力のある水が湧き出ると言い伝えられているためです。若狭では毎年お水取りの10日前、3月2日に「お水送り」の儀式が行われています。若狭から水を送る儀式の由来については、修二会と神仏習合の歴史を知る上でも興味深い伝説があります。

満行

修二会の最後の夜14日の後夜の「時」は咒師作法の後に「達陀(だったん)」とよばれる松明を持って堂内を巡る行法が行われます。この日の晨朝の「時」がその年の修二会の最後の「時」となりこれを「名残(なごり)の晨朝」と呼びます。晨朝のあと一旦下堂し「破壇」のため上堂し、以下15日の事とみなして行法を続けた後、下堂します。仮眠、入浴、昼食の後に上堂し「四座講」を行い、開山堂に参拝して解散となります。

達陀帽子いただかせ

15日は午前9時から二月堂前で「達陀(だったん)帽子いただかせ」が行われます。これは修二会の最後の3日間(12〜14日)に行われる達陀の行法で練行衆の被った「達陀帽」を参拝者に戴かせるもので、二月堂講の皆さんによる奉仕で行われます。元々は子ども達の健やかな成長を願い行われた物ですが、今は大人も子どもも戴かせてもらうことが出来るようです。こうして修二会が終わると南都にも春が訪れます。

参観の注意

修二会の行事は、だれでも定められた場所で参観することが出来ます。ただしあくまでも宗教行事であって、練行衆達は衆生に代わって観世音菩薩にあらゆる罪を懺悔しているということを忘れず、マナーに気をつけて参観して頂くことをお願いしたいと想います。

近年、参観者が増えて二月堂周辺も混雑するとのことです。ルールや係員の指示を守ることはもちろん、周囲にも気を配り他の参観者の迷惑となることのないようお願い致します。


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